Salt Milk
「第一印象は、“嫌なやつ”だったと思う。」
少し冷めてしまったミルクを片手に、オレはそう呟いた。
「…ハッ…俺もだぜ、お前と同意権っつーのは気に喰わなねーけど。」
オレの隣で、甘ったるそうなココアを飲みながら 睦月鬼が笑いながら言った。
「何か…最初に会ったときみたいだな…今日の夜風。」
ふと、夜空を見上げて睦月鬼はボソリと呟いた。
「そうだな…今日みたいに 夜風が気持ちよくて…星が綺麗で…。」
真っ暗い海を船の見張り台の上で見つめながら、少し肌寒い夜の潮風が二匹の髪をなでた…。
「今日から、2番船にのる ギムレットだ…!よ、よろしく…!!」
昨日の雨が嘘のように、今日の天気は晴天…太陽がギラギラと輝き、ほんのりと潮の匂いがする風が心地よい。
そんな絶好の出航日和の中…オレは今、2番船の全船員の前で、自己紹介をした。
何を言っていいか分からないし、こういったことに慣れた無いせいだろうか…馬鹿みたいに心臓がドクンドクンと高鳴っている。
自己紹介を終えた後に、陽気な船員の声と 歓迎の拍手が鳴り響いた。
とりあえず、歓迎されたらしい…よかった…。
不意に“パンパン” と二回手拍子のような音が、オレの後ろから聞こえた。
それと同時に、先ほどまでざわめいていた船員達が一気にシンと静まり返った。
手拍子がした方向を振り向くと、せれなーでが立っていた。
さっきの音はせれなーでが叩いた手拍子のようだ。
「さてと…! それじゃあ、皆ー出航の準備をするから、配置についてーッ!」
どうやら、船員達の指示をするために 注目させたようだ。
そのかわいらしい見た目と、醸し出す雰囲気といい とても“船長”には見えないのだが…
船員に指示を出す彼女を見ると、やはり実感してしまう。
意思の籠った瞳といい、有無を言わない決断力といい…
やはり、彼女は船長にふさわしい人格なのだろう。
「あ、ちょっと 睦月鬼ー! コッチに来てもらえるかな?」
せれなーでは、一匹の紫いろの髪をした少年を呼び止めオレの所へつれてきた。
オレより年上だろうか?身長は高いのに、細身な身体をしている…前髪を頭の上で結っているのが特徴的だった。
その、睦月鬼といった少年は あからさまに嫌そうな顔をし オレがいる所まで来た。
「睦月鬼も知っているよね?新入りが入った事ッ それで、睦月鬼にギムちゃんのお世話を頼もうと思うんだけど。船の案内とか!」
せれなーでがそう言うと、睦月鬼はさっきよりも一層眉間にしわを寄せて、嫌そうな顔をした。
「何で俺が、そんな面倒くせぇコト押付けられるんだよッ!」
「もう…そんな事言わないのッ! 文句言わないで、ほら…自己紹介してあげて?」
文句を言う睦月鬼に、せれなーでが叱咤するように言い聞かせると彼の不満そうな顔がさらに悪化したのが、妙に面白かった。
「……名前は睦月鬼、歳は14…以上。」
無愛想にオレの方を向きながら言うと、すぐそっぽを向いてしまった。
「それじゃあ…後のことは任せるね! 私は、船長室で会議をするから。」
そう言うと彼女は、忙しそうにパタパタと走りながらその場を去っていった。
せれなーでが去った後、暫く沈黙が続いた。
睦月鬼は相変わらずムっとした表情を浮かべているし…。
流石に沈黙に耐え切れず、オレは睦月鬼に話しかけることにした。
「な、なぁ…睦月鬼…だっけ? オレ一人で船とか見回れるし…」
言葉の続きを言おうとしたとき、急に睦月鬼が強引にオレの手を引っ張り 早足で歩き出した。
「オ、オイ! いきなり何するんだよ!」
いきなり手を引かれて、バランスを崩しながらも 何とか体勢を整え 睦月鬼に問いかけた。
「………うるせぇ、つべこべ言ってないで 俺に付いて来い。」
そう乱暴に言い放つと、オレの手を引っ張っていた睦月鬼の手に、更に力が加わった。
「い、痛てぇってば…!」
思わず 痛みで漏れたオレの言葉にも反応せず ただ、無言で彼は歩くばかりだ。
(――いったい、ドコに連れて行かれるんだろう…)
* * * * *
「――― で、ここが見張り台だ、分かったか?」
「お、おう…。」
睦月鬼がオレを引っ張って 連れてきたのは、船の見張り台だ。
彼はせれなーでから言われた仕事を一応、こなしているようだ… かなり強引ではあるが…。
「それにしても、お前…ちゃんと飯食ってるか?」
「…へ?」
突然、睦月鬼は オレのほうをジロジロと見ながら 問いかけた。
「筋肉は割とついてるみてぇだけど…男にしては、手首も細いし…背も小せぇし…そんなんじゃ、この船で生きていけないぜ、チビガキ。」
「…はぁあ?!」
確かに、今まで性別を違われる事はオレ自身何度も体験しているが…。
流石に“チビガキ”といわれたのは、今回が初めてだった…しかも、同じ年齢の睦月鬼に言われると 妙に腹立たしくて仕方がなかった。
すっかり、頭に血が上ったオレは ありったけの力で 彼の手を振り払い 叫んだ。
「オ、オレは 女だ…! それに、アンタに“チビガキ”呼ばわりされる筋合いなんて ネェ!! アンタと同い年なんだから…!」
いきなり手を振り払われたと同時に、オレが叫びだした内容が、余程驚いたのだろう。
睦月鬼は、今までに見たことのないような唖然とした表情で オレを見ていた。
「お、お前 女だったのか?! その前に、オレと同い年で この身長なのか…?!」
「う、うるせーッ!大体お前…!さっきから、オレのこと馬鹿にしすぎだろ?! 初対面だっつーのに 礼儀の一つもないで…!」
つい、熱くなりすぎたせいか思わずオレは喧嘩腰になって 相手のことを きつく睨みつけていた。
「…俺は、こういった面倒ことが 大嫌いなんだよ…! 礼儀?!そんなもの知るかッ! 俺に指図するんじゃねーよ。」
睦月鬼も、喧嘩するような口調で きつくオレの事を睨みつけている。
「…なんだよ…!」
「お前こそ、チビのくせに 睨んでンじゃねーよ!」
互いに火花が散るように 睨み合っていた…調度その時
「あ、睦月鬼に ギムちゃんーっ 調度よかった…!」
どこか、聞き覚えのある 明るい声…。
オレ達が振り向くと、あの藍色の髪を 揺らしながらせれなーでが走ってきた。
手には 二本のデッキブラシを持っている。
「あのね、二人に船の 甲板の掃除を頼みたいんだッ!」
「じょ、冗談じゃねぇ!」
「何で オレがコイツと…!」
ほぼ同時に、オレと睦月鬼は せれなーでに向かって言った。
「あれれ?その調子だと、二人とも随分打ち解けたみたいだねッ息もピッタリ! じゃあ、はいコレ」
彼女は、何をどうやって、どうしたらそんな考えに辿りつくのだろうか。
オレと睦月鬼は、先ほどまで互いのことを 睨みあっていたというのに…。
オレは、せれなーでに強引に受け渡されたデッキブラシを握り締めながら ぼんやりと考えていた。
きっと睦月鬼も、オレと同じような考えをしているだろう…眉間にシワを寄せて 難しそうな顔をしている。
「おーいっ せれなーでの姐さんー」
どこからか、彼女を呼ぶ声が聞こえた。
おそらく、この船の船員の一人だろう。
「あ、今行くよー! じゃあ、また私は行くからーっ 頑張ってね!」
彼女は無邪気に微笑むと、風のように あっと言う間に見えなくなってしまった。
「チッ…面倒臭せぇ…。」
睦月鬼は大きな舌打ちをし、文句を言いながらも手に持ったデッキブラシを地面に付け
黙々と作業をしている。
「…ちぇー…なんでオレがこんなヤツと、甲板掃除なんだよ。」
――先ほどからどうも面白くないことが、立て続けに起こる。
睦月鬼に馬鹿にされるし、ましてや そんなヤツと甲板掃除をさせられるし…。
そんな時、オレの頭によからぬ考えが浮かんだ。
「オイ…! 睦月鬼ッ」
オレは、デッキブラシを床に押付け勢いよくゴシゴシと擦り付けている睦月鬼に話しかけた。
「何だよ、話しかけるんじゃねーよ チビ。」
「オレは“チビ”じゃねーよ、ちゃんと“ギムレット”つー名前があんだよっ!
まぁ…それはいいとして アンタ、オレと勝負してみない?」
「…勝負? いったい何で勝負をするつもりなんだ?」
興味が出たのだろうか、オレが話しかけた時は 顔すら見ないように作業に集中していた睦月鬼だが
今は、デッキブラシで擦る作業を止め、オレの方を見ている。
「そんなの、決まってんじゃん… コレだよ、コレ。」
オレは自分が持っているデッキブラシを 彼に見せた。
「あぁ? デッキブラシで殴り合いでもすんのか?! 俺はお前のチャンバラごっこに付き合うつもりはねぇぞ。」
「違げーよッ どっちが先に掃除が終わるか勝負しろ って言ってるんだ。」
睦月鬼が呆れた顔で、作業に戻ろうとしたので 慌ててオレは静止した。
「へぇ…面白そうじゃねぇか… で、何賭けるんだ?」
「えっ? 賭け…?!」
予想もしなかった言葉に オレは戸惑いを隠しきれなかった。
「メリットがねぇと面白くねぇだろ?!」
「そりゃ…まぁ…。」
確かに、勝負するだけじゃ面白さに欠ける部分がある。
「じゃあ、オレがお前に勝ったら、オレのこと“チビ”じゃなくって ちゃんと名前で呼んでもらうぜッ!」
「チッ…分かった。」
睦月鬼は仕方なさそうに 頷いた。
「お前は?何賭けるんだよ?」
「…………ココア。」
ポツリと睦月鬼が呟いた。
「…へ?」
「だから…俺が勝ったら ココア奢れッ!」
「アンタ…甘いもの好きなのか…?」
「わ、わりぃかよ ンなことより…さっさと始めるぞ!」
あまりにも、彼に似合わない…と言ったら失礼かもしれないが
意外な要求だったので 驚かずにはいられなかった、それと同時に笑いが押し寄せてくる。
「ぷは、あはは…! あはっはははッ」
「…笑うんじゃねぇ!!俺が何を好きだろうと、お前には関係ないだろ?!」
怒ったように、睦月鬼が怒鳴りつけた。
「悪りぃ、悪りぃ… それじゃ 始めるか…ルールはどうする?」
ひとしきり笑い終えたオレは、改めて勝負のルールをお互いに確認する事にした。
「この、甲板のあっち側が俺で、そっちをお前で 制限時間は1時間…より早く掃除を終わらせた方が勝ち…っつーのはどうだ?」
睦月鬼は、調度甲板の半分ぐらいの範囲を指で指しながら、言った。
甲板は思ったよりも随分広く、とても1時間じゃ終わらせそうにない範囲だったが…。
「よっし…それじゃあさっそく…スタートっ」
オレの掛け声と同時に、オレ達はデッキブラシを持つと 凄まじい速度で床に擦り付けた。
お互い一言も話さず、甲板には“ゴシゴシ”と言う音だけが響きわたる。
* * * * *
「終わった!」
「終了!」
暫くして、オレ達は同時に叫んだ。
やはり、小一時間程度では 船の広い甲板を掃除するのは困難だった。
勝負を開始した時はギラギラと輝いていた太陽も、今は海に沈み 空には無数の星が瞬いている。
「チッ…なんだよ、相子かよ…お前、女の割りには、体力あるな…。」
「アンタこそ…」
空に目をやると、鎌のような三日月が うっすらと見えていた。
「……綺麗だなぁ…オレ、今までこんなに綺麗な星空…見たことねぇな…。」
「何だ?お前…星空 見たことネェのかよ。」
不思議そうに、彼はオレに問いかけた。
「まぁな…オレが住んでた所は、ここまで綺麗な星じゃなかったし…。」
そう言ってオレは再び夜空を見上げた。
すると不意に寒い潮風が肌を刺すようにヒュウと音を立てて吹荒れた。
「う…あ…さ、さみぃ…。」
もともと薄着な上に、水で甲板を掃除したのだ。
体中水浸しだから、寒くなるのは当然だった。
「馬鹿!そんな薄着してっからだろ?! ちょっとソコで待ってろ!」
怒鳴るように言うと、睦月鬼は船内に走っていった。
心配…してくれたのかな?思ったより悪いヤツじゃねぇよ…な。
―――バサッ
暫くして何かがオレの上に覆いかぶさった、どうやら毛布のようだ。
振り向くと、睦月鬼が二つのマグカップを手にしていた。
「ほら、コレでも飲んで 体温めとけ!」
そう言うと、半場無理やり 手にしたマグカップの一つを、オレに押付けた。
「サ、サンキュ…これ…ミルク?」
マグカップの中身は、暖かくて美味しそうなホットミルクだった。
「そう、チビだから 少しはカルシウムを摂取しないといけねぇと思ってな。」
ニヤリと睦月鬼は意味深にコチラを向いて笑った。
「だ、だれがチビだよッ!」
「チビはチビなんだよっ、いいからさっさと飲めッ」
オレの発言を気にも止めずに、睦月鬼はマグカップに口を注ぐ。
彼のマグカップからは、チョコレート特有の甘ったるい匂いがしてきた…きっとマグカップの中はココアなのだろう…。
湯気はあまり出てないみたいだ。
いちいち、睦月鬼の発言を気に止めるのも アレだし…オレは手にしたホットミルクを飲む事にした。
「……?! なんでホットミルクが塩辛いんだ?!」
睦月鬼から貰ったホットミルクを一口、口に含んだが…
本来甘いはずのミルクが、どうしたことだろう…口に含んだとたん、少ししょっぱい味が口中に広がった。
「は…?! 何言ってるんだよ、そんなわけネェだろ…?俺はたっぷり砂糖を入れたはずだぜ?!」
甘党の睦月鬼のことだ、砂糖たっぷりなのは普通だろう。
それに、嫌がらせにしては度が過ぎている…
彼の驚いた表情といい、どうやら本位的にやった事ではないようだ。
「な、なぁ…もしかして 砂糖と塩を間違えたっつーのは…?」
「………確かに、慌ててたし 砂糖と塩は隣合わせだったから その可能性は高い…。」
「アンタでも、そんな間違えするんだなー…でも飲めないもんじゃねぇよ?」
そういって、オレはもう一度少し塩辛いミルクを口に注ぐ。
「また、勝負すっからな。」
「え…?」
「決着だ、決着ッ! 俺は勝敗のつかない勝負はキライなんだ!」
どうやら、睦月鬼は今日の勝負の事を言っているようだ。
「初めて気が合ったな…オレも同じだぜ、ぜってーお前に勝ってやる。」
「ヘッ 言ってろチビガキ、俺が勝つに決まってるだろ。」
すげー口悪いし、最初はヤな奴って思ったけど。
案外優しくって…コイツとなら、この海賊生活も楽しめそうだ。
塩辛いミルクをもう一度口に注ぎながら、オレはそう思った。
寒い夜の潮風が、ほんの…ほんの少しだけ、心地よかった―――。
後書
――――――――――――――*
何ていうか、とりあえず一言…船の構図が分かりません(爆
甲板(デッキ)とか、見張り台とか…全部勘です;
睦月鬼くんて、実はすっごい優しい子だと思う、んだ…!
きっと、素直に出せないだけで…(勝手に妄想)
それにしても、我が子が失礼すぎる…orz
でも、喧嘩している二人を書けて、結構満足です(笑
これからも、同じ2番船に所属する船員として、我が子ともども宜しくお願いします。
これを機に、ギムと睦月鬼君が仲良くなれたら嬉しいです。
2008/03/26.ドクキノコ